【微閲覧注意!?モラハラサンプル2】モラハラ義兄一家まとめ

モラハラ

みなさんこんにちは、ななこです。

このページを開いていらっしゃる皆さんの中には義兄一家からのモラハラってどんなだろう、と疑問を持たれている方もいるかもしれません。

そんな皆さんに私の体験した被害をお伝えしようと思います。

韓国で義実家と同居、というケースではありますが参考になれば、と思います。

義兄一家家族構成ですが義兄夫婦(義兄嫁日本人)男の子二人です。

男の子は上の子6〜8歳くらいまで 下の子0〜3歳くらいまで同居していたときのお話をまとめてあります。

これらは以前私が別ブログに書いたもののコピペ少し修正したものです。

甥っ子にちょっとびっくりされるかもしれませんが、残念ながら小さな子供でもかなりしつこく嫌がらせされました。

次の順に貼ってあります。

1.義兄

義兄さんは最初に会ったとき、本当によく話してくれました。

夫よりもよく私の写真を見てはお嫁に来ることを喜んでくれました。

理不尽に義母に怒鳴られたら、謝罪の手紙とチョコレートを一箱プレゼントしてくれました。

 

結婚後は何度も何度も”弟を頼む”と言っていました。

 

こちらでの生活が始まると、毎日家に来て夕飯のチェックに来ました。

メニューにダメ出しをされるので義実家で食べた物を思い出し、チヂミにしたときは消化に悪いと言われました。義実家の夕飯と同じメニューにしたにもかかわらず、です。

 

料理教室で作った物ですら、”韓国人はこんなの食べない”と言われました。

もちろん韓国人の先生の教室です。

 

夫が中華料理店で働き始め、帰りが夜中になると当然家では夕飯を食べなくなりました。

それでも義兄は毎日家に来て夕飯チェックをしました。

今は夫が夕飯をお店で食べているみたいだと言うと、それでも用意しろ 、食べないなら私の精誠がわからないのかと泣くように言われました。

義兄嫁から食べてきたとしても自分のご飯は別だろうというのがこちらの考え方だと聞かされました。(注:韓国の考え方でなく、あくまで義兄個人の考え方です)

夫は義兄に対する私の対応が悪い、ただ食べたと言うように言われました。

細かくチェックされるのでそれも難しいのですが。。

 

妊娠すれば、本当は堕ろさないといけないと言われました。

義兄の考えた期限より2ヶ月遅かったそうです。。(注:期限を決めること自体も彼独自の勝手な考えからです)

そんなおかしなことを言われているとき、義母も義兄嫁も笑っていました。

 

妊娠中の冬、病院から帰ると酔っ払った義兄が家までの狭い階段の真ん中に座っていました。

ずっと話しかけて来て階段を通れません。

夫に電話しました。来てくれと。

電話していること自体を義兄に注意されながら何度も助けを求めました。

もちろん来てはくれません。

韓国の寒い冬1時間半ほど立たされ、足先は冷たく感覚がなくなりました。

 

子供が生まれると2人兄弟の下の甥っ子がしつこく付いてきて子供を叩いたり蹴ったりしてきます。

誰もやめさせようとしません。

振り払うと倒れて横になったまま

“痛いよ~!お父さ~ん! お母さ~ん!”といつまでも泣いていました。

 

甥っ子から危害ばかり加えられるので注意すると、”甥っ子が私のことがを怖がっている”と義兄に言われました。

 

そんなわけありませんがね。。

 

義兄はお酒を飲んで、午前2時3時に家に来ることもありました。

午前4時に上の甥っ子に助けを求められて義兄家に行くと酔っ払った義兄にしつこく絡まれていました。横で義兄嫁は寝ていましたが、気づいてないはずがありません。

義兄を注意しましたが、毎日この時間に絡んでいると言っていました。

もっと悪いです!!!

と言い返しました。

義兄嫁はずっと横になったままでしたし、後でそのことに触れることも一切ありませんでした。

 

義兄は働いても給料の大半をお酒を人に奢って使ってしまいます。

義兄一家は借金をしながら暮らしていました。

そして義兄は自◯をよくほのめかしています。

義兄嫁はいちいち怯えていましたが、わからないのかなと思いました。

毎回結局氏なないし、そんなことを定期的に言っていることになぜ気づかないのか、と。。

 

 

2.義姉(日本人)

 2009年夏、私は夫と同居していました。

 韓国に来たばかりで韓国語もままならない状態でした。

 義実家は4階建ての建物を所有しており、1階が賃貸で食堂、2階が義実家、3階が賃貸の部屋と私たち夫婦、4階が義兄家族が住んでいました。

 義実家の家族構成ですが、姑、義兄、義兄嫁、甥っ子2人、出戻り義姉、夫、私です。

 夫はモラですが、ここの家族、、、全員かなりひどいモラです

 義兄嫁はモラハラというよりちょっと盗癖あり、と言うか物を強引に盗るのがあまりにも自然、と言うか、、まあそんな方です。

 自分に非があっても”大きい声を出したほうが勝ち”と言い放つくらいのすごい人です。

 パソコンの強奪は最初にあった被害です⤵️⤵️⤵️

 

 家には夫が若いころに苦労して買ったであろうパソコンがありました。

 テレビはなくパソコンだけでした。

 なのでしょっちゅう夫は2階の義実家でテレビを見ていました。

ある日出戻り義姉(夫の実の姉)が ”テレビとパソコン一台になったのがあるから、電器屋行くぞ!! すぐ来い!!”

と3階に来ました。

ありがたい話しですが、ここの家の特徴。。言われたらすぐ出ないといけないらしく着替えもブラも付けることが許されず、だいぶ怒鳴られた末Tシャツ1枚で電器屋に行きました。

今思い出しても最悪!!

そこでなんとなくテレビとパソコン一体型の物を決めて家に帰りました。

 

思うんやけど、私必要やったんかなぁ。。

 

次の日、買ったテレビパソコン(もうなんて呼ぶかわからないからこう呼ぶっ!)が来ました。

その時、兄嫁(日本人のね)が何故か業者さんと一緒に家に入って来ました。

夫のパソコンをどかし、台の上にテレビパソコンを置くと、

”じゃあこれ持って行くから” と夫のパソコンを触っているではありませんか。

”いえ、これ使いますから” って言うと、、

出ました特技大声!!

はあ!!!??? これをどこに置くっていうの!!!!?????

どこにおくって言うの~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!

あまりの強烈さに黙って置き場所を指さす私。

そこで義兄嫁強行作戦に出ました!!

なんと、その場で携帯で業者を呼んで自分の部屋につないだのです

業者さんが来ても、止めるだけの語学力なんか当時の私にはありません。

何か言ったところで義兄嫁が阻止するでしょう。

業者が持って行くときの高笑いは今でもわすれられません。

 

帰って来たモラ夫、家に入るなり

”うわぁ~~~! 俺のパソコンがな~~~い!!”

って言ってたのを見て、すでにモラぶりをだいぶ発揮していた夫でさえも気の毒になったほどです。

 

後でわかったことですが、韓国では小学校からの連絡がほとんどパソコンを通して来ていました。当時はスマホもありませんでした。

でも、大変な事情があるならこっちだって一緒に考えてお互い良いようにすると思います。私だって絶対パソコン使わせないなんて思っていませんし。

結果、同じように譲ることになったとしても譲歩と強盗じゃ全然違います。

まあ、パソコンは私のではないから黙るしかなかったけど。。だけど、モラと居たらめっちゃおもしろくないテレビしか見れないし、ドラマ見てても何故か最終回見せてくれないし、最悪なんだよっ!!

で、義兄嫁その後作ったキムチチゲ、お菓子、チキンや冷蔵庫の中の野菜の”誰々が欲しがってるから~”等理由を作った盗難、”モラ夫君がくれて~”等の嘘による盗難、育児強制、本当色々やってくれました。

韓国に来る前は、私が自分が思った時期より来るのが遅かったのが気に入らなかったようで、”30過ぎ嫁にも行かない腐った肉”と高笑いしながら暴言を吐かれました。相当不安になりましたが、いつでもサイコ義兄嫁は直後から何事もなかったかのように接してきます。

 最後に一番の鳥肌はにこやかな義兄嫁の言葉

 ”私ね。。こんなこと言ったらあれだけど、祈ってるの~。 私面倒みれません。どうかお義母さん、早くあの世に連れてってくださいって。”

 これ2回聞きました。

 

 

3.甥っ子

上の甥っ子は基本面倒見が良く、お世話になったことも多いです。

ただ言うことを聞いてくれず、困ったこともありました。

雨でずぶ濡れで帰って来て、そのまま赤ちゃんのが寝ている布団に横になられたり、早産で横になっていないといけない私をしつこく起こして来たり、、はありました。

下の甥っ子は以下です。

 

義兄夫婦の二番の子供のお話しです。

今思えば、義兄嫁は子育ては自分でするものだという意識が随分薄い人だったのでしょう。

甥っ子が6ヶ月~1歳半くらいまでのことです。

よく人前で私にあてつけるように

“誰も子供みてくれない”なんて言ってました。

かなり子供を押し付けてきたにもかかわらず、です。

 

私が2階義理実家に足を踏み入れた途端、ダッシュで子供を置いて出て行き、いつまでも帰らないなんてことも数え切れないくらいありました。

甥っ子をみる為に、ご飯も思う時間に食べられないこともありました。

義兄が冬場仕事が無くて、家に居ても押し付けの対象は私でした。

義母よりも誰よりも、です。

そこには義家族が子供をみせるのにはちょっと危なっかしい(特に義母は自分の子供3人かなり危ない目にあわせたこと有。。)という考えもあったと思いますが、まあ何より図々しいんでしょうね

 

最終的には保育園の費用を払いたくないからみてくれる? と遠回しに言う始末です

あくまで頼む体勢をとらず、自分の状況や保育費を払いたくない事を話してきて、どうする~~?

とさも私の問題のように言って来ました。

不快。。。     

  義兄嫁笑顔

わざと聞いてみました。

“そうなると誰が見るんですかね~??”

“じゃあ保育園行くようだね、かわいそうだどね”

誰とも言わず私に転嫁!?  あわよくば罪悪感煽って無料で子供を預けようとしてる!??

は??は声に出てたかもしれません。

保育費っていっても当時国際家庭は公立は無料。

私立は そこの保育料マイナス公立の保育料。

つまり僅かなお金もケチって、人に子供を押し付けた挙げ句被害者面ってことですね。

甥っ子の赤ちゃん時代は可愛かったです。

本当によく遊んであげました。

実の子より遊んであげました。

時間は強制でしたが。。

 

甥っ子は1歳半ばになると、私をみるとジャンプして喜ぶようになったし、母親よりも私に来ました。

なので母親を探して大変だなんてことは一度もありませんでした。

負担でしたが、甥っ子とは仲良くしていたんです。

私のお腹に赤ちゃんができるまでは。

お腹に赤ちゃんが出来ると甥っ子は暴力的になりました。

夫に話しても、誰も居ないときに叩けの一言です

義兄嫁もこちらに被害が及ばないように言って聞かせる人ではありません。

 

ある日2階で座っていたら、甥っ子が足こぎ車でこちらに突進してきました。

それも、何度も何度も。

二歳に満たない子供のすることなので避けることはできますが、 狂ったようにこちらに向かって来る姿は今でも目に焼き付いています。

 

“赤ちゃんは僕だけでいい”

それは本当に当時甥っ子の口から直接聞いた言葉です。

以降二階には行かないようにしてました。

それでも、その甥っ子が手足口病になったときに

“大人のは移らない” とかあり得ないことを言って妊婦の私に手足口病の甥っ子を押しつけようとしたサイコ義兄嫁。。

もちろん、”そんなわけないですよね!?”じゃ聞かない。 なのでネットで検索した内容まで言って黙ってもらいましたが、本当に疲れました。

 

結局早産で2ヶ月入院しましたが、本当に無事子供が生まれてよかった~!!

その後、甥っ子は精神病院に行きました。

飛行機の音に怯えたり、揺れる~!と頭を押さえたり。。

何が原因か病院でもわかりませんでしたが、私の妊娠も要因の一つでしょう。

それでも嫌がらせはまだまだ続きました。

 

子供が生まれてからは踏もうとしたり、しつこく後をつけて叩いたり蹴ったりしようとしたり。。

遊んでいるおもちゃを何度も取り上げて来たり、本当にしつこかったです。

極めつけは、ウ〇コを拭いたときに落ちたティッシュを息子の口に入れて来ました。

もちろん誰も注意しません。

それが一家全員モラハラの家の価値観なのではないでしょうか。

私が我慢すれば全て解決。

何か言えば強烈な言葉を怒鳴り散らすなりして解決。

(解決してないけどね)


 

私が義実家と絶縁した理由の一つが、甥っ子達のことを人に言わなくてすむように、です。聞いて来る人に嘘をつくことなく、”知らない”と言うことが最も平和だと思うのです。

参考になったでしょうか。

モラハラの中でも特異なケースではありますが、ところどころ共通するところもあるのではないでしょうか。

 

義実家の対処。。

大変ですが、線を引くのはやっぱり被害者側です。

向こうが改善したり距離を置いてくれることはないでしょう。

 

それでは、ななこでした〜!

 

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プロフィール
ななこ

 2009年結婚し韓国に移住。
 義実家での同居、集団モラハラ、経済的DVの中2011年なんとか出産。
 育児妨害のため2013年日本へ帰国。
 
 2015年義実家との同居を解消し、もう一度韓国へ。
 経済的DVはなくなったものの、夫からのモラハラにより鬱に。
 2年程ほとんど寝たきりに。

 町内の人々の助けもあり、見事復活!

 2019年から夫とも別居し、生活費を貰いつつ小学生の子供とのんびり気ままにニート生活を送ってます。

 韓国での日常、行ってみたカフェなんかも紹介しています。

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